世界が雨に啼く音

I CAN'Tで語る言葉たち…   

音楽という不可思議

人間の最も曖昧な感覚が聴覚

黒猫の絵が描かれていて、どんな絵が描かれていますか?と訊ねれば

おそらく間違う人間はいないのだが

今から鳴らす音はどのように聞こえますか?と訊ねれば、その聞こえ方は全く千差万別

年を老うごとに聴覚は低下し、子供に聞こえる高い周波数の音は聞こえなくなる

その音楽への聞こえ方も変わってくる

そもそも音楽というものは娯楽世界の中で最も下にあると思う

それは最近ではとても感じていて、音楽が聞かれない時代が来てしまった

店で絵が飾られていたら誰でもチラっと見ただけで記憶に残っている事もあり

そこに絵がある限り目を合わせるだけで何度でも見ることはできるが、音楽は4分、5分と、立ち止まる必要がある

もしかしたら、立ち止まってくれる間にアーティストが一番聞いて欲しい部分が出なかったかもしれない

それは音楽に乗せた詩に込めた思いが殆どで、伴奏で伝えたいと思ってないかもしれない

とらわれ方が多種多様で、イイと思われるには難しい弊害がたくさんある

聞いてくれる人に時間を頂く必要があって、そういう部分で下の方にある娯楽だと感じている

人気というものが大企業が宣伝したものだったり、雑誌や噂が広まったものだったり

突然出てきたミュージシャンが売れないのはきっとそういうこと

私は過去に東芝のCDレーベルにデモテープを送ったこともあるのだが、その頃出せた音はとても悪く

その当時登録していたSNSでアレンジメントに痛烈な批判を受け、曲だけでは評価されない物だという事を痛感した

例えばメロディが美しいとされている曲で、もし伴奏がおもちゃのキーボードで出したような音だったらどうだろう?

誰もが美しいという曲でもまともな曲じゃないなこりゃ…と思ってしまわないか?

音楽にはアレンジメントと音質においてある程度のレベルが必要だった

それは音楽を始めた人には分かり辛いケースがあり、もちろん私もその一人だった

🐇

数百年前の欧米で、今は歴史に名を連ねるクラシックのピアニスト作曲家は

上記で話した娯楽世界で最も下にいるという事がまさに反映された時代だった

歴史に名を連ねる作曲家は音楽家の子供として産まれた頃から身分が狭く

ピアノや作曲を習い、才能が開花すると馬車で旅を始める事が度々あった

貴族の集まるパーティや貴族のための鑑賞会でピアノを弾いてお金を恵んでもらっていたという逸話がある

しかも作曲も自由に出来るわけでもなく、収入になる曲は宮廷の依頼など

もちろんその場に出向いたピアノ演奏の1度きりなのでクラシックの作曲家は非常に貧しかった

軒並み楽譜を残そうとしていた事は悔しさみたいなものを感じる

現代では逆に、音楽があまりにも多すぎて競争が激化した

現代音楽とされる歴史はたった60年70年、約千年以上かけて作られた音楽は破壊されつつある

今は競争によって破壊する時代に来たんだと思う